第一章 冬の匂いと、言えなかった言葉
放課後の校庭に、冬の匂いが満ちていた。
白い息がふわりと浮かび、夕陽が校舎の窓を赤く染める。
悠斗は、昇降口の前で立ち止まっていた。
スマホの画面には「今日、話せる?」というメッセージ。
送信相手は、美桜。
幼い頃からずっと一緒にいた。
家も近く、気づけば毎日顔を合わせていた。
だけど最近は、胸の奥がざわつく。
ただの幼なじみじゃいられない気持ちが、どうしようもなく膨らんでいた。
その美桜が、今日「話したいことがある」と言ってきた。
嫌な予感がした。
いや、嫌というより、怖かった。
もし――
もし、誰か他の男の名前が出てきたら。
そんな考えを振り払うように、悠斗は深呼吸した。
「……行くか」
昇降口を出ると、校門の前で美桜が待っていた。
マフラーに顔を埋め、白い息を吐きながら。
「悠斗、来てくれたんだ」
「当たり前だろ。呼ばれたら行くって」
美桜は少し笑った。
その笑顔が、胸に刺さる。
「ねえ、歩きながら話そ?」
二人は並んで歩き出した。
夕暮れの道、肩が触れそうで触れない距離。
そのわずかな空白が、やけに苦しい。
「……で、話って?」
美桜は足を止めた。
そして、ゆっくりと振り向く。
「悠斗に、聞いてほしいことがあるの」
その声は震えていた。
嫌な予感が、さらに強くなる。
「私……告白されたの」
胸が、ぎゅっと縮んだ。
「……誰に」
「三組の、佐伯くん」
佐伯。
背が高くて、運動神経がよくて、女子に人気の。
「返事、どうしたんだよ」
「まだしてない。でも……」
美桜は、少しだけ目を伏せた。
「ちゃんと考えたいの。だから……悠斗にも、言っておきたくて」
その言葉は、優しさなのか。
それとも、距離を置くための前触れなのか。
わからない。
でも、胸が痛い。
「……そっか」
それしか言えなかった。
美桜は、寂しそうに笑った。
「悠斗って、ほんと鈍いよね」
「は?」
「なんでもない。帰ろっか」
その帰り道、二人の間には、いつもより深い沈黙が落ちていた。
第二章 すれ違う心、触れたい距離
翌日から、美桜の様子が少し変わった。
笑顔はいつも通り。
話し方も、態度も、幼なじみのまま。
だけど――
どこか、距離がある。
昼休み、美桜が友達と話しているのが見えた。
その輪の中に、佐伯の姿もある。
胸がざわつく。
視線を逸らした。
「悠斗、お前最近元気ねーな」
同じクラスの友人が声をかけてくる。
「別に」
「美桜ちゃん、佐伯と仲良さそうだしな」
「……見てたのかよ」
「そりゃあな。あいつ、けっこう本気っぽいぞ」
その言葉が、心に刺さる。
放課後、帰り道。
美桜はいつものように「一緒に帰ろ」と言ってきた。
でも、悠斗は言った。
「悪い、今日は寄るとこある」
美桜は一瞬だけ、悲しそうな顔をした。
すぐに笑顔に戻ったけれど。
「そっか。じゃあ、また明日ね」
その笑顔が、痛かった。
家に帰ると、胸の奥がずっと重い。
スマホを見ても、美桜からのメッセージはない。
当たり前だ。
距離を置いたのは自分だ。
でも、苦しい。
幼なじみとしての関係が壊れるのが怖い。
だけど、このまま何も言わなければ――
美桜は、誰かのものになる。
その夜、眠れなかった。
第三章 雪の夜、二人だけの部屋で
週末。
窓の外は雪が降っていた。
悠斗は、布団の中でスマホを見つめていた。
美桜からのメッセージは、今日もない。
そのとき――
玄関のチャイムが鳴った。
出てみると、美桜が立っていた。
雪を髪に積もらせながら。
「……なんで来たんだよ」
「悠斗が、避けてるから」
その言葉に、胸が跳ねた。
「ちょっと、話したいの。入ってもいい?」
断れるわけがなかった。
部屋に入ると、美桜はマフラーを外し、
少し赤くなった頬を手で押さえた。
「寒かった……」
「当たり前だろ。雪降ってんだぞ」
「……心配してくれるんだ」
その言い方が、ずるい。
「で、話って?」
美桜は、真剣な目でこちらを見た。
「悠斗、怒ってるでしょ」
「怒ってねぇよ」
「じゃあ……悲しい?」
「……」
言葉が出なかった。
美桜は、そっと近づいてきた。
距離が、近い。
手を伸ばせば触れられる距離。
「ねえ、悠斗。私が誰かに告白されたら……そんなに嫌?」
「嫌に決まってんだろ」
言ってから、しまったと思った。
でも、美桜は嬉しそうに微笑んだ。
「そっか……よかった」
「よかったって……何がだよ」
美桜は、胸に手を当てた。
「私ね、ずっと……悠斗のことが好きだったの」
時間が止まった。
「でも、悠斗は幼なじみとしてしか見てないと思ってた。
だから、佐伯くんに告白されたとき……
ちゃんと考えなきゃって思ったの」
「……返事、したのかよ」
「してないよ。だって――」
美桜は、そっと悠斗の胸に額を寄せた。
「好きな人は、ずっと前から決まってるもん」
心臓が、壊れそうなほど鳴った。
「……美桜」
「ねえ、悠斗。私のこと……どう思ってるの?」
その問いは、逃げられない。
悠斗は、美桜の肩に手を置いた。
その体温が、指先から胸の奥まで染み込んでいく。
「好きだよ。ずっと前から」
美桜は顔を上げ、涙を浮かべて笑った。
「言ってくれて……ありがとう」
そのまま、二人は抱きしめ合った。
雪の音だけが、静かに響いていた。
第四章 濃密すぎる時間
抱きしめたまま、しばらく動けなかった。
美桜の体温が、呼吸が、鼓動が、全部伝わってくる。
幼なじみとして触れ合ってきた距離とは、まるで違う。
胸の奥が熱くて、苦しくて、でも幸せで。
「……ねえ、悠斗」
「ん?」
「もう少し、このままでもいい?」
「……ああ」
美桜は、ぎゅっと腕に力を込めた。
「ずっと言いたかったんだ。
悠斗のこと、誰にも渡したくないって」
「お前……そんな顔で言うなよ」
「どんな顔?」
「……泣きそうで、嬉しそうで、ずるい顔」
美桜は笑った。
「悠斗だって、ずるいよ。
そんな優しい声で呼ばれたら……離れられなくなる」
その言葉に、胸が熱くなる。
美桜は、そっと手を伸ばし、悠斗の頬に触れた。
「ねえ……手、つないでいい?」
「もうつないでるだろ」
「……もっと、ちゃんと」
指を絡める。
その瞬間、心が震えた。
幼なじみじゃなくて、恋人として触れ合う手。
その重みが、たまらなく愛しい。
「悠斗」
「なんだよ」
「好き。……ほんとに、好き」
その声は、震えていた。
でも、まっすぐだった。
「俺もだよ」
言葉を交わすたびに、距離が近づく。
呼吸が混ざり合うほどに。
でも――
それ以上のことはしない。
ただ、抱きしめて、手をつないで、
お互いの鼓動を確かめるだけ。
それだけで十分だった。
それだけで、胸がいっぱいだった。
第五章 朝焼けの約束
気づけば、外は明るくなっていた。
雪は止み、薄い朝焼けが窓を染めている。
美桜は、悠斗の肩にもたれたまま、目を閉じていた。
眠っているわけではない。
ただ、静かに寄り添っているだけ。
「……帰らなくていいのかよ」
「もう少しだけ。……ね?」
「わかったよ」
美桜は、ゆっくり顔を上げた。
「悠斗。これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
「当たり前だろ」
「幼なじみとしてじゃなくて……恋人として」
「……うん。ずっと一緒にいるよ」
美桜は、涙を浮かべて笑った。
「じゃあ……手、離さないでね」
「離すわけないだろ」
二人は、朝焼けの中で手をつないだ。
その手は、もう幼なじみのものじゃない。
恋人としての、最初の朝だった。
エピローグ 君の名前を呼ぶために
あの日から、二人の関係は少しずつ変わっていった。
手をつなぐこと。
名前を呼ぶ声。
視線が合ったときの、胸の高鳴り。
全部が、愛おしい。
幼なじみとして積み重ねてきた時間が、
恋人としての未来に繋がっていく。
そして――
悠斗は、ふと思う。
美桜の名前を呼ぶたびに、胸が温かくなるのは、
きっとずっと前から決まっていたことなんだと。
だから今日も、そっと呼ぶ。
「美桜」
「なに?」
「好きだよ」
美桜は、嬉しそうに笑った。
「私も。……ずっとね」
その笑顔が、悠斗の世界を満たしていく。
濃密で、切なくて、愛おしい時間は、
これからも続いていく。
作者:同人サークルLogLog